こんにちは。
東洋大学陸上部の西山和弥選手。
走るとほっぺたが赤くなることから
“アンパンマン西山”の愛称で
親しまれている陸上選手です。
箱根駅伝では1年生と2年生の時に
1区で2年連続区間賞を獲得した
というすごい選手です。
しかし、3年時には同じ1区で、
区間14位と出遅れ、東洋大学が
総合10位となってしまった
原因とも言われています。
4年生では10月に10000mで
今季学生最速記録を出し、アンパンマン西山の復活のように思えましたが、
翌11月の全日本大学駅伝では
残念ながら7区で区間11位と
いう成績に終わっています。
さて、そんな西山和弥さんですが、
卒業後はどのような進路に進む
んでしょうか。
また、西山和弥さんのその強さの
秘密についても迫っていきたいと
思います。
最後までお付き合いいただけたら
幸いです。
西山和弥
プロフィール
名前:西山 和弥(にしやま かずや)
生年月日:1998年11月5日
出身:群馬県伊勢崎市
身長:167cm
体重:53kg
ベスト記録:10000m 28’03”94(大学年4時)
経歴:伊勢崎市立第一中学校→東京農業大学第二高等学校→東洋大学
西山和弥の進路は?
西山和弥さんの卒業後の進路は
トヨタ自動車に決まっております。
トヨタ自動車は実業団トップレベルの
力があり、あの東京オリンピック
代表内定の服部勇馬選手も所属
しております。
ニューイヤー駅伝やトラック
競技で走る姿が今後も見れるとの
ことで、とても楽しみですね!
西山和弥の強さの秘訣とは
西山和弥の強さの秘訣は、
アップダウンにも耐えることが出来る
タフさと競り合いの強さ
です。
東洋大学に入学後に酒井監督とフォームの改造をした甲斐もあり、ケガで低迷していた中からハムストリングスを上手く使った走りができるようになりました。
西山和弥さんの身体の軸が全くぶれないランニングフォームは必見です。
体幹がしっかりしているんだね
スランプからの脱却
1年生で箱根駅伝1区区間賞、
アジアクロカン準優勝、
日本選手権1万メートル4位入賞など
華々しく活躍していた西山和弥選手
ですが、
大学2年生時には、
雲駅伝は2区区間6位、
全日本大学駅伝は2区区間14位と
スランプが西山和弥選手を襲いました。
そんな時、沈んでいる西山和弥選手
を救ったのは、20歳のお誕生日に
お母さんからのラインで届いた
「小さな一つ一つのことに感謝する
ということが大切だから、
それだけは忘れずにやってください」
というメッセージだったそうです。
その言葉で自身が恵まれた環境に
いることを再認識し、
「走りたくないという甘えから
抜け出せた」
と、もう一度気持ちを駅伝に
向けることができた西山和弥選手です。
そして、西山和弥選手は合宿などを
通じて長い距離への対応や
苦手な単独走の克服にも努め、
見事2年連続箱根駅伝1区区間賞を
獲得することができました。
スランプにいち早く気づいて
支えてくれたお母さんの存在は
西山選手にとってかけがえのない
存在だということですね。
まとめ
箱根駅伝で活躍する東洋大学の
西山和弥さんの強さの秘密と、
卒業後の進路についてみて
いきました。
酒井監督とのフォームの改造で
ハムストリングスを上手に使った
走法にきりかえたことによって
その速さに磨きがかかりました。
その速さを買われて卒業後はトヨタ
に入ることが決まっています。
実業団に入りトヨタの一員と
して走ることでこの先、
ニューイヤー駅伝などで走る
こともありえるのでしょう。
その時が楽しみですね。
最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。
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