おはようございます。
女流漫才のまさに草分け的な存在である内海桂子(うつみけいこ)師匠が8月22日に逝去されました。
97歳とは、この長生きの時代でもかなりの大往生ですね。
このことについてネット上では沢山の惜しむ声が挙がっています。
大正生まれの漫才師としてTwitterでも時折りつぶやき、その呟きも注目されていた彼女
このドアップの顔写真に、どこか粋な感じがするツイートを見たことある方もいるのではないでしょうか。
内海桂子
プロフィール
%E5%86%85%E6%B5%B7%E6%A1%82%E5%AD%90
芸名 内海桂子(うつみけいこ)
本名 安藤良子=あんどう・よしこ
1922年9月12日生
東京都浅草生まれ
コンビ名 「桂子・好江」
既婚
77歳のときに結婚!
旦那さんは24歳年下の夫でマネジャーの成田常也さん(73)です。
プライベートでは77歳の時に24歳年下のマネージャーの成田常也さんと結婚たことで年の差婚として注目を集めました。
また、夫の協力もあり、ツイッターを発信してきました。年長者ならではのつぶやきが大きな話題になっていました。
よくその深い言葉がリツイートされていたね。、
芸人の世界に入るまで
内海桂子さんは大正11年に浅草で生まれました。三味線や踊りなどの修行を積んだのち、16歳の時に東京・浅草で初舞台を踏み、漫才の世界に入りました。
その後昭和25年、弟子である好江さんと結成した漫才コンビ「内海桂子・好江」では三味線を使ったテンポのよい漫才で当時人気を集めました。
昭和57年には漫才師として初めての芸術選奨文部大臣賞を受賞するなど、コンビとして半世紀にわたりこの厳しい芸能の世界の第一線で活躍してきました。
内海桂子さんの人物像
流行に敏感
やはり芸としても流行に敏感で、今流行りのものをさくっと自らの芸にとりいれたり、情報を発信するのに大活用していました。
というのも、桂子・好江の漫才コンビ時代から時流に敏感で、舞台でタイムリーな話題を織り交ぜているのは勿論、近年は公式HPやブログを立ち上げ自らの文章で更新するなどチャレンジ精神も旺盛でした。
2010年8月からはTwitterのアカウントを取得し、自らの言葉でツイートを行っていました。
歳を重ねてしまうとどうしても昔を振り返りがちになる、新しいことを取り入れることが難しくなると言いますが、やはりそこは流行に敏感な芸人の桂子さん、さすがですね。
弟子に慕われる存在
いまや有名なナイツを弟子にしていろいろと芸人についてや芸についてを仕込んだのもこの内海桂子さんなんです。
ナイツの師匠としても注目されていたものね。
平成10年からは今の漫才協会の会長を務め、若手の育成にも力を注いできました。
一般的に想像するような芸人の師弟関係のように鞄持ちをさせたりするわけでもなく、実践で学ばせるスタイルで育ててきました。
舞台に立つときは日常ではない、特別な場所という信念から、現場で学ばせるというスタイルだったのでしょう。
それが今のナイツの芸風にもいきているといえます。
お別れ会は?
葬儀については既に身内で行ったとのことですが、一般人やファンが最後のお別れをする「お別れ会」については行うのでしょうか?
お別れ会についてはコロナの影響で現在のところ未定とのことでした。
しかしあくまで予定ですので、リモートや他の方法などでやる可能性もなきにしもあらずですし、今後の情報は要チェックですね。
まとめ
旦那さんや弟子であるナイツ、そしてたくさんのファンや人々に芸はもちろん、内海桂子さんという人物そのものが愛されてきました。
新しい時代を作った皮切りの人の一人として逝去されたことは残念でなりません。
コメント