ケチャップ=トマトじゃない?!元祖は魚!?時代や国で変化し続けた歴史 | Aki's Scrap Book

ケチャップ=トマトじゃない?!元祖は魚!?時代や国で変化し続けた歴史

ケチャップ 仕事と暮らしメモ

こんにちは。ケチャップといったらナポリタンにオムライス、日本での洋食が思い浮かびますよね。
甘さと酸味が程よいバランスで組み合わされている、日本での洋食には絶対的に欠かすことができない存在ですよね。

時には主役、そして、ときには隠し味にと料理で大活躍するケチャップですが、もともとは「ケチャップ=トマト味のソース」ではないことはご存知だったでしょうか。


今回は「ケチャップ」の歴史に迫ってみたいと思います。

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ケチャップの歴史

ケチャップはもともと魚からできた調味料

いくつか説はありますが、中国にあった「ケ•ツィアプ」(鮭汁)という魚を発酵させて作った調味料が元祖と言われています。

つまり現代でいう「魚醤」「ナンプラー」のようなものですね

ケチャップの元祖ってもともと魚からできていたの?!

タイ料理で使うナンプラーね

時は流れて17世期、東西の交易が盛んになった時代にこの「ケ•ツィアプ」もアジアからヨーロッパに伝わりました。

ここでアレンジを加えたヨーロッパの人々、「ケ•ツィアプ」のあり方や可能性を大きく変え、広げていくことになります。


なんと、魚だけではなく、キノコやフルーツなどでも作ってみたそうです。

トマトとの出会い

ヨーロッパではまだ現代のようなトマトケチャップの形はまだ出てきません。
現代の形により近づいたのは18-19世期のアメリカです。

ヨーロッパの人々がアメリカに渡ったタイミングで当時流行りはじめていたトマトで「ケ•ツィアプ」を作ろう!と考えたのです。

はじめは家庭料理として作られていましたが工業化が進み、大量生産できるようになったため急速にトマトのケ•ツィアプ(=トマトケチャップ)が広まりました。

その第一人者がヘンリー・ジョン・ハインツです。
レストランなどでよく見かけるトマトケチャップの生みの親です。

ヘンリー・ジョン・ハインツとトマトケチャップ

ヘンリーは1844年ペンシルバニア州で生まれました。
家庭菜園が趣味の母親の影響で野菜の収穫から販売までをこなすようになっていったのです。

12歳になる頃には家庭菜園を拡大し、販売で得たお金を馬や馬車の購入に充てることで家族の助けになりました。

しかしそこでたくさんのお金や車、馬車を手に入れただけで満足するヘンリーではありませんでした。

その後、15歳になったヘンリーは、売れ残った野菜を無駄にしないようにどうすればいいか考えました。その結果、瓶に詰めて保管することを考えます。

ピュアな製法、嘘偽りない中身や材料にこだわったヘンリーは
透明な瓶に当時特産品だったホースラディッシュを詰めて販売するという方法にでました。
この「透明な入れ物」での販売は当時斬新なことと、自然なもの、無添加に関心を持った人々に受け入れられました。

01 創業者 ヘンリー・ジョン・ハインツ|知る・楽しむ|ハインツ日本株式会社
創業者 ヘンリー・ジョン・ハインツについてご紹介します。ハインツは、デミグラスソース、ホワイトソース、トマトケチャップなど、洋食をおいしくする各種商品をご提供しています。

↑それが1876年ハインツ社によって作られたトマトケチャップです。
創業当時から現代に至るまで「HEINZ TOMATO KETCHUP」(ケ・ツィアプ)の表記は変わらずというこだわりがあります。

こちらは現代で販売されているハインツのトマトケチャップ。
当時のデザインの良さがそのまま活かされていますね。

日本でのトマトとケチャップの出会い

幕末の開港と共に西洋のものの行き来が盛んに行われるようになった街のひとつに横浜があります。

今でも開港の街として有名だよね

赤レンガいいよね~

トマトは今では当たり前に日本にある野菜ですが、元は外来種。

1866年頃海外との往来が特に盛んだった村•子安村の堤春吉がアメリカからトマトやラディッシュ、セロリなどの種を取り寄せ清水清與助(よすけ)をはじめとする五軒の農家は西洋野菜の栽培に取り組みました。

その前、江戸時代にもトマトは日本に来たんだけど、その頃は「唐ガキ」という名前の薬草•観賞用として扱われてたみたい

西洋野菜の中でもトマトは傷みやすく、出荷にあまり適さないということで加工に力を入れたのです。

しかし、思うように利益が出なかったり成果が出ないため多くの挑戦者が手を引いていきました。

そんな中、清水與助(よすけ)だけが諦めずに挑戦を続け、ついに1903年、日本初のトマトケチャップの販売までこぎつくことができたのです。

1人でここまで努力できるってすごい!

現在ケチャップで有名なカゴメははじめトマトをそのまま売り出そうとしたけれどうまくいかず、ケチャップという形で販売したのは1908年、つまり清水与助のケチャップの5年後だね

西洋化が進んだ大正•昭和で一般家庭の料理へ

生のトマトはどうしても独特の青臭さや食感もあり苦手な人も多い、好き嫌いが分かれる食材です。

しかし、トマトケチャップとして、ケチャップのかたちになると味も日本人好みに整えられていて食べやすいものとして受け入れられました。

そこから洋風=トマトケチャップとして、オムライスやナポリタン(ナポリタンはパスタの本場にはない味付け、日本独自なのです)、チキンライスなど一般家庭での洋食づくりに大活躍するようになったのです。

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まとめ

•ケチャップの元祖は魚!魚を発酵させて作った調味料がはじまり
(ケ•ツィアプ)


•ケ•ツィアプがヨーロッパやアメリカでその土地ならではの形を変えて現在に至る


•日本のトマトケチャップはトマトを長く美味しく食べるための工夫から生まれたものだった

いまやどの家庭にも当たり前にあるトマトケチャップの新たな発見に気づくことができました。

まさかケチャップの元祖が魚だったとは…

いまの日本のケチャップがあるのは、その昔日本にあるトマトをおいしく、長く食べようと努力した人がいたからこそということですね。

当時のトマトケチャップへの想いと努力に思いをはせながらナポリタンを食べるアキでした。

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