木村英智(ひでとも)とは?金魚とアートアクアリウムのきっかけは? | Aki's Scrap Book

木村英智(ひでとも)とは?金魚とアートアクアリウムのきっかけは?

仕事と暮らしメモ

こんにちは。

スッキリ!でも放送されましたが、
劣悪な環境で育てられている
金魚がかわいそう、
あまりにもひどいと
アートアクアリウムが炎上しています。

金魚を育てるにあたって
劣悪な環境ですでに
病気にかかってしまっている金魚
多数いますね。
金魚は病気にも弱く、
また一匹病気にかかってしまうと、
同じ水槽で飼っている他の金魚にも
すぐに移ってしまいます。

このアートアクアリウム
プロデュースした
木村英智(きむらひでとも)さんとは
どのような方でしょうか?
気になったので調べてみました。

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木村英智(きむらひでとも)

プロフィール

https://www.alfaromeo-jp.com/mondoalfa/people/hidetomo-kimura/

名前 木村英智(きむらひでとも) 
生年月日1972.6.10(2020.9現在48歳)
出身 東京都 
学歴 高卒
職業 プロデューサー、アーティスト、デザイナー 
会社
①株式会社 エイチアイディー・インターアクティカ 代表取締役 ②アクアリウムクリエイターズオフィス Srl./CEO
③水戯庵/主人

大学は?

実はアートを生業にしていることから
芸術を本格的に大学で学ばれた方なのかと思いましたが、
高卒でした。
どこの高校を卒業したかは調べましたが
現時点では不明です。

高校を卒業されて、大学受験のために浪人をされていたときに熱帯魚屋さんに出会いました。

そこでバイトをしながら
浪人生活を送っていたら、
そのお店の社長から
大学に行かないで店で働くことを
進められました。

そしてそのまま受験せず、
そのお店で働きつづけました。

アートアクアリウム

生命の宿る美術館として、美しくどこか儚い金魚の舞、生身の演者が目の前で舞う躍動五日ごとに変わる季節に自然を感じ身を委ねるこの場でしか感じることのできない生命のダイナミズムが、

忘れかけていた日本の美意識を思い出させてくれます。

アートアクアリウム ホームページより

水戯庵

自身がライフワークとして取り組んできた日本の伝統文化の継承やリアルジャパン復興の集大成である「新感覚の劇場型レストラン&ラウンジ」です。

水戯庵のホームページ

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アートアクアリウムに目覚めたきっかけ

忙しかった社会人時代を経て

アーティストとして活動する前は
熱帯魚などの観賞魚の貿易業
日々仕事の忙しさに追われていました。


ある時、学生時代の友人たちと
会う機会があり、まもなく
30歳を迎えるという話題から、
ふと木村さんは
自分の20代の夏はあと1回しかない
ということに気づきました。

それまで遊びの誘いも断り、
日々仕事に追われていましたが、
30歳を目前に、
大人になってしまうことが
すごく怖くなったそうです。
木村さんは
「大人になりたくない症候群」
と自らいうほどに
「大人」と呼ばれることを
恐れていました。

「10代なのに良く出来たね、20代なのに頑張ったね、でも30代以降そういわれることはなくなっていくでしょう。僕はいつまでもそういわれたいんです」

https://www.alfaromeo-jp.com/mondoalfa/people/hidetomo-kimura/

そんな恐怖感から、順調だった事業を縮小し、世界中を旅してまわりました。

自分にできることはアートだと気づく

ミュンヘンにある
最高級ホテルにおいて、
期間限定でアクアリウムバーが
開催されていました。


しかしそれはホームセンターで
つるしで売っているような
水槽が適当に置いてあり、
コンセントのコードも隠さないような
とうていアクアリウムとは
言えないものでした。


木村さんは、
「これは日本でも
感じていたことですが、
家具などを入れるときは
一流のものを何百万もかけて
作らせたりするホテルですら、
熱帯魚になった瞬間に
どうしていいかわからず
街の熱帯魚屋さんに頼むのです」
と当時を振り返っています。

木村氏は仕事をやめる前、
観賞魚の世界のある分野で
トップになったこともあります。
そこで培ったノウハウや知識と、
大好きでこの数年
時間とお金を費やした
アート、デザイン、
エンターテインメントを
融合させることが出来れば、
世界中どこを探しても
なかったものが作れると
考えたのが今に至る
アートアクアリウムのスタートです。

最後までご覧いただき
ありがとうございました。

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